東京地方裁判所 昭和63年(行ウ)2号 判決 1990年11月16日
東京都江戸川区松本二丁目一八番六号
原告
大野保夫
東京都江戸川区中央三丁目一七番一四号
原告
大野達郎
東京都葛飾区新小岩三丁目一三番八号
原告
矢作千代子
右原告ら訴訟代理人弁護士
萩原富保
同
宮下文夫
東京都江戸川区平井一丁目一六番一一号
被告
江戸川税務署長 横山義男
右訴訟代理人弁護士
島村芳見
右指定代理人
合田かつ子
同
新井宏
同
佐藤米昭
同
光本彰
主文
原告らの請求をいずれも棄却する。
訴訟費用は原告らの負担とする。
事実及び理由
第一原告らの請求
一 被告が、原告大野保夫(以下「保夫」という。)の昭和五九年一二月一二日相続開始に係る相続税の更正の請求に対して昭和六一年六月三〇日付けでした処分のうち、課税価格五億三九九二万八〇〇〇円、納付すべき相続税二億六三一九万五五〇〇円を超える部分について更正の理由がないとした部分(ただし、昭和六一年一一月一〇日付け異議決定により一部取り消された後のもの)を取り消す。
二 被告が、原告大野達郎(以下「達郎」という。)の昭和五九年一二月一二日相続開始に係る相続税について、昭和六一年六月三〇日付けでした更正(ただし、昭和六一年一一月一〇日付け異議決定により一部取り消された後のもの)のうち、納付すべき相続税額五四六五万八三〇〇円を超える部分を取り消す。
三 被告が、原告矢作千代子(以下「千代子」という。)の昭和五九年一二月一二日相続開始に係る相続税の更正の請求に対して昭和六一年六月三〇日付けでした処分のうち、納付すべき相続税額二三八九万〇五〇〇円を超える部分について更正の理由がないとした部分(ただし、昭和六一年一一月一〇日付け異議決定により一部取り消された後のもの)を取り消す。
第二事案の概要
本件は、亡大野安蔵の共同相続人である原告らが、相続税について更正の請求を行ったところ、原告二名に対しては、請求の一部のみを認める減額更正がされ、その余の原告に対しては、更正の請求の全部が理由がないとの通知がされたうえで、増額更正がされたため、原告らが右各処分の取消しを求めた事案である。
一 当事者間に争いがない事実
1 本件処分の経緯
(一) 原告らは、昭和五九年一二月一二日死亡した大野安蔵(以下「安蔵」という。)の共同相続人である。
(二) 原告らは、昭和六〇年六月二〇日、安蔵の相続開始に伴う相続税(以下「本件相続税」という。)について、次のとおりの申告をした。
<省略>
(三) 原告らは、昭和六〇年一〇月七日、本件相続税ついて、次のとおり更正の請求をした。
<省略>
(四) 右各更正の請求について、被告は、昭和六一年六月三〇日付けで、原告保夫及び原告千代子の請求については、一部は更正すべき理由があり、その余の部分は更正すべき理由がないものとして、次のとおりの一部減額の更正をした。
<省略>
また、被告は、右同日、原告達郎の請求については、更正をすべき理由がない旨の通知をするとともに、更に、原告達郎に対し、課税価格を一億二五五七万七〇〇〇円、納付すべき税額を六七八七万九七〇〇円とする更正(増額更正)を行った。
(五) 原告らは、右(四)記載の各処分(以下「本件各処分」という。)を不服として、昭和六一年八月一一日、異議申立てをしたところ、被告は、同年一一月一〇日付けで次のとおり異議決定をした。
<省略>
(六) 原告らは、右の異議決定を不服として、昭和六一年一二月八日、更に審査請求を申し立てたが、昭和六二年一〇月一二日付けで右請求はいずれも棄却された。
2 本件処分による相続税の課税価格等
(一) 本訴において、被告が主張する相続税の課税財産の課税価格の内訳は、別表一記載のとおりであり、このうちの原告保夫が本件相続により取得した土地の価額合計八億五九九一万二九〇五円の中には、東京都江戸川区松本町六〇一番一、同六〇二番、同六〇三番三、同六〇五番二及び同六〇六番一の各土地(合計二二二二・九四平方メートル。以下「松本町土地」 という。)を合計で二億六三六六万八六八一円、同区大杉五丁目四一九番の土地(一八一平方メートル・地目畑。以下「大杉土地」という。)を一五五三万七〇四〇円と評価した価額が含まれている。
(二) 本件相続税の課税根拠については、右の松本町土地及び大杉土地に関する部分を除いては、当事者間に争いがなく、また、右別表一記載の各価格についても、右大杉土地の価額を除いては、当事者間に争いがない。
二 争点
1 原告らは、原告保夫が本件相続により取得した課税財産の範囲及び課税価格の評価について、(1)松本町土地は、原告保夫が、昭和四三年四月、被相続人から無償で借り受けて、個人で経営する松本幼稚園の園舎の敷地及び運動場の用地として利用している教育用財産であるから、相続税法(以下「法」という。)一二条一項三号所定の非課税財産に当たるのに、これを課税財産として算入している点、(2)大杉土地は、これに接する道路の幅員が一・八メートルしかない農地であって、宅地に転用しても建物の建築許可が受けられない土地であるのに、このような事情を全く考慮せずに課税価格を不相当に高額に算定している点にそれぞれ誤りがあり、右の各課税価格を前提としてなされた本件各処分は違法であると主張する。
2 これに対し、被告は、(1)松本町土地は、原告の主張するとおり幼稚園の敷地及びその運動場として利用されている土地であるが、相続税法施行令(以下「施行令」という。)二条一項によれば、右の幼稚園用地が法一二条一項三号の非課税財産とされるためには、原告保夫がその親族等に右幼稚園事業に係る施設の利用、余裕金の運用その他事業に関し特別の利益を与えていないことが要求されているところ、原告保夫は、<1>昭和四三年以降現在に至るまで、別表二記載のとおり長女石川美和子(以下「石川」という。)、二女大野敏子(以下「敏子」という。)、三女丸山志壽子(以下「丸山」という。)及び姪田邊京子(以下「田邊」という。)を逐次松本幼稚園の職員として採用して、同人らに別表三記載のとおり給与を支払い、また、<2>幼稚園事業の余裕金の中から三女丸山及び大野政男(二女大野敏子の夫。以下「政男」という。)に対して、給与の名目で生活費の援助の趣旨の金員を支出し、更に<3>別表四記載のとおり、五人の孫を、保育料を徴収することなく、右幼稚園に入園させて保育していたものであって、これらの行為は、右の「特別の利益の供与」に当たるものというべきものであるから、松本町土地は非課税財産には該当しないこととなり、また(2)被告のした大杉土地の価額の評価においては、これに接する道路の幅員が一・八メートルであることもその評価要素として既に考慮されており、その評価額は近隣の路線に付された路線価に比べても適正なものであると主張する。
3 したがって、本件の争点は、(1)松本町土地が、法一二条一項三号所定の非課税財産に当たるか(争点(1))、(2)大杉土地の価額を一五五三万七〇四〇円と評価したことが相当であるか否か(争点(2))の二つの点にある。
第三争点に対する判断
一 争点(1)(松本町土地が非課税財産に当たるか)について
1 この点に関する事実関係としては、次の事実が認められる。
(一) 原告保夫は、別表二記載のとおり、長女石川、二女敏子、三女丸山、姪田邊を松本幼稚園の職員として雇用し、同人らに対し、昭和五四年度以降は、別表三記載のとおりの給与を支払っていた。
右の、原告保夫が別表二記載のとおり石川らを松本幼稚園の職員として雇用していたこと、原告保夫が石川らに支払った給与の額のうち、敏子に対する支払額の全部、丸山に対する支払額のうち昭和五六年ないし昭和六〇年分以外のもの、田邊に対する支払額のうち昭和五六年分を除くもの、石川に対する支払額のうち昭和六〇年以降のものについては当事者間に争いがなく、その余の年分の金額が別表三記載のとおりとなることは、原告らの自認するところである。
右事実によれば、原告保夫は、その親族である石川らに、松本幼稚園の職員として同幼稚園から給与の支給を受ける利益を与えていたことは明らかである。
(二)(1) また、原告保夫は、二女敏子の夫である政男に対し、昭和五二年五月ころから昭和五八年末ころまで、松本幼稚園の職員として給与を支払い、その額は、昭和五四年四月ころから昭和五七年までは月額三五万円であった(甲五の一及び二、同六の一及び二、同七の一及び二、証人敏子)。しかし、政男は、結婚当初の昭和五二年三月ころから数箇月の間は松本幼稚園において園内の清掃や芝生の手入れなどの雑用に従事したことがあるものの、同年九月ころ家を飛び出して以来、松本幼稚園の仕事は全くしなくなり、昭和五五年ころ以降は、専ら同人の実家の家業である家具販売業に従事していた(乙一七号証)。
更に、丸山は、昭和五二年秋ころ以降は、出産及び育児のため、従来のように常時の勤務は行わないようになっていたが、別表三記載のとおり、昭和五六年三月までは、従来と同様に月額一〇万円の給与を支給されていた(乙一〇、甲六の一、証人敏子)。
右の各事実によれば、少なくとも昭和五二年一〇月以降に政男に対して支払われた給与及び昭和五二年秋以降に丸山に対して支払われた給与の一部は、原告保夫から政男又は丸山に対して、労務の対価というものではなく、むしろその生活費の援助の趣旨で交付された金員と認められ、これによって、原告保夫が、親族である政男らに、幼稚園事業に係る余裕金の中から利益を与えていたものと考えられる。
なお、原告らは、右の生活費の援助金は、原告保夫が幼稚園事業から受けている報酬としての家事充当金から支払われたものであると主張するが、右の金員の支出が他の従業員に対する給与の支払と同様に幼稚園の給与に関する帳簿に記載されていること(甲四の一ないし四、同五の一及び二、同六の一ないし四、同七の一ないし四、同八の一ないし四)からすれば、右援助金が幼稚園事業に係る余裕金の中から支払われたものであることは明らかなものというべきである。
(2) この点について、敏子及び原告保夫は、政男及び丸山は、右給与の支払を受けていた期間、幼稚園の職員として通常の勤務をしていた旨供述しており、敏子の作成した書面である甲九号証にも同様の記載がある。しかし、右各供述のうち政男に関する部分は、その内容が乙一七号証に添付されている原告保夫作成の事情説明書の記載と著しく相違するうえ、政男自身が、昭和五五年度の所得税について、有限会社石田家具製作所からの給与所得として一二六万余円のみを申告し、松本幼稚園からの給与所得は全く申告していないこと(乙一一の二)からして信用できず、また、丸山に関する部分についても、敏子は、甲九号証では丸山は他の職員と変わりなく毎日午後五時まで勤務していたと記載しながら、他方、証人尋問においては、丸山については昭和五六年四月からは、子供がいる間だけ来てもらうという形にしたと証言するなどその内容が一貫せず、信用することができない。
また、政男及び丸山に対する給与の支払に際しては、他の職員に対する場合と異なり、所得税・住民税及び共済組合積立金等の徴収及び諸手当の支給はまったく行われておらず(甲五の一及び二、同六の一及び二、同七の一及び二、同八の一及び二)、更に、原告保夫自身が、昭和五六年一一月七日、政男及び丸山に対する給与として支払った金員の一部が同人らに対する生活費の援助の趣旨の金員であったことを認めて、昭和五三年度ないし昭和五五年度の所得税について、その旨の修正申告をしている(乙一〇)こと等からしても、右敏子及び原告保夫の供述は信用できないものというべきである。
(三) 更に、原告保夫は、石川江理子(石川の長女)、大野晃子(敏子の長女)丸山小寿恵(丸山の長女)、丸山奈々恵(丸山の二女)及び丸山弘恵(丸山の三女)を別表四のとおり松本幼稚園に園児として入園させ、職員の子供だから保育費は支払わなくてもよいとの考えで、大野晃子については昭和五七年一月から昭和五九年三月までの保育料二七万四五〇〇円を、丸山奈々恵については昭和五七年及び昭和五八年の保育料のうち二二万二〇〇〇円を、石川江理子及び丸山小寿恵については昭和五七年及び昭和五八年の保育料のうち八万二五〇〇円を、それぞれ徴収していなかった(乙一四、同一六の一ないし一〇、証人敏子)。
右の事実によれば、原告保夫は、その親族らに幼稚園事業に係る施設の利用に関し、利益を与えていたことが明らかである。
この点につき、原告らは、右園児らの保護者である石川らは通常の給与よりも低額の給与で松本幼稚園に勤務しており、同人らが現実に受け取った給与と通常の給与との差額を各保育料と相殺していたと主張するが、右事実を認めるに足る証拠はない。
2(一) 公益事業の用に供される財産を相続税の非課税財産とする法一二条一項三号の規定が、そのような相続財産が公益の増進に寄与することに着目して設けられたものであることはいうまでもないところであり、他方、施行令二条一項が、個人が公益事業を行う場合について、その者の親族等にその事業に係る施設の利用、余裕金の運用その他その事業に関し特別の利益を与えるという事実があるときに右法の規定の適用がないものとしているのは、そのような場合には、右事業が個人的利益のための手段としても行なわれていることとなり、このような場合にまで当該財産を相続税の非課税財産とすることが税負担の公平を阻害する結果となることをその根拠とするものと考えられる。
ところで、本件においては、先に認定したとおり、原告保夫は、昭和四三年四月以降、継続して自分の子供ら四人を次々に自らの経営する幼稚園の職員として雇用し、また、昭和五二年ころからは幼稚園事業に係る余裕金の中から親族に対する生活援助金を与え、更に、昭和五六年四月以降は、孫五人を次々に無料で松本幼稚園に入園させていたものであり、これらの行為がいずれも施行令二条一号所定の親族に対して特別の利益を与える行為に該当することは明らかなものというべきである。したがって、本件においては、松本町土地は、法一二条一項三号の非課税財産に該当しないものというべきである。
(二) これに対し、原告らは、施行令二条一号所定の「特別の利益の」の供与とは、親族等への給与の支払や生活費の援助のすべてがこれに当たるものではなく、相続税法施行規則(以下「施行規則」という。)附則4ないし7の規定に準じて、相当な限度を超えるものだけがこれに当たると解すべきであると主張する。しかし、右施行規則附則4ないし7の規定は、個人経営の幼稚園事業を行っている者が死亡した場合に当該事業を承継して行う者について一定の場合に法一二条一項三号の規定を適用するという趣旨で設けられたものであるから、もともと相続人が幼稚園事業を行っているため事業承継ということが起こり得ない本件の場合について、右規定を類推適用する余地はないものというべきである(もっとも、本件では、特別の利益の供与の意義を原告らの主張するように解したとしても、前記の政男及び丸山への生活費の援助及び孫の無料入園の点のみを取り上げてみても、それが施行令二条一号所定の特別の利益の供与に当たることは否定できないものというべきであるから、結局、本件において松本町土地が法一二条一項三号の非課税財産に該当しないという結論自体は何らの影響も受けないこととなる。)。
次に、原告らは、法一二条二項に右の非課税財産を取得後二年経過してなお公益事業の用に供していない場合にその財産の価額を課税価格に算入するとの規定が設けられていることを根拠として、前記のような施行令二条一号に掲げる事実があるかどうかは、相続開始以前ではなく、相続開始時以降について検討すべきであると主張する。しかし、右法一二条二項の規定は、同条一項三号の財産を取得した者がその後これを現に公益事業の用に供していない場合には、当該財産について遡って非課税取扱いを受けることができなくなる旨を規定しているにすぎず、もともと相続開始の時点で、当該事業が公益事業に該当するか否かの点が問題となる本件のような場合については、右の判断の対象となる事実を相続開始以後のものに限定する理由はないものというべきである。
また、原告らは、本件においては、生活費援助の点についてはその後原告保夫において所得税の修正申告を行い、また、無料入園の点についても、後日、その保護者である石川らが保育料を納付しているから、施行令二条一号にいう特別の利益の供与の事実は解消したものとして扱うべきであると主張するが、後になって右のような措置が取られたとしても、これによって原告保夫が親族に特別の利益を与えたとの事実がなくなるわけではない(しかも、乙一六の一ないし一〇、証人敏子の供述によれば、右の保育料の納付は、本件相続開始から相当期間を経過した後に原告保夫について行われた税務調査の際の被告の指摘を受けて行われたものである。)から、右主張は失当である。
更に、原告らは、本件相続発生時までに無料入園していた親族の数が園児の総数に占める割合は僅少であり、このような場合にまで親族に特別な利益を与えていたとして前記相続税非課税規定の適用を排除することは不当であり、租税法律主義にも違反すると主張するが、右施行令二条一号の規定は法一二条一項三号の規定を受けた規定であって法律自体にその根拠をもつ規定であり、しかも、右規定においては特別の利益の大小は問題とされていないのであるから、原告らの右主張も採用の限りでない。
二 争点(2)(大杉土地の評価)について
証拠(乙一の一及び二、同二、同三、同四の二、同七、同八、原告保夫の供述)によれば、大杉土地は、市街地周辺農地であり、幅員一・八メートルの道路に面していたが、右道路には相続開始時には路線価が設定されていなかったので、被告は、右路線の延長上に位置し付近の住居用家屋等の散在状況も相似する本件路線の北側の幅員二・五メートルの路線に設定されている路線価一二万円を基として、道路の幅員、舗装、連絡通路などの物理的状況、上下水道、都市ガスの付設の有無などの経済的状況及び建築制限などの行政上の法的規制の状況等を比較調整の上、本件路線の価額(仮路線価)を一一万円と設定し、これに奥行距離が二四・三七メートルであることによる奥行価格逓減率〇・九九を乗じ、更にこれから一平方メートル当たりの造成費一六〇〇万円を控除する等の方式を用いて、右土地の課税価格を一五五三万七〇四〇円と評価したことが認められ、右の評価には理由があるものというべきである。
これに対し、原告らは、大杉土地は、建築基準法上必要とされる道路に面しておらず、建築等の全くできない宅地に相当するものであって、しかも、当時は農地であったから、被告主張の基準路線の路線価を基にして大杉土地を評価するのは不当であり、昭和五五年六月二四日付け東京国税局長通達「個別事情のある財産の評価等の具体的取扱いについて」(以下「個別通達」という。)2―(7)のイに定める「建物等の建築が全くできない宅地」の評価方法に準じた評価をすべきであると主張する。しかし、個別通達2―(7)は、路線価を決定するに際して一連の土地に共通する考慮要素とはされなかったその土地固有の利用制限がある場合について、その内容に応じた調整割合を定めたものであって、大杉土地の場合は、前掲の各証拠によれば、同土地に面する道路の幅員は新たに路線価を設定した道路の全長部分においてほぼ等しく、右幅員による建築基準法に基づく利用制限は右道路に面する一連の宅地において全く同一で、そのための経済的価値の低下の程度は、大杉土地を含む宅地に共通であるものと認められるから、大杉土地について原告らの主張するような要素は、右のように道路の幅員による建築基準法の制限等を考慮して設定された路線価を基としてその路線価と本件土地の面する路線との建築基準法等による格差も考慮したうえで設定された仮路線価の評価において既に考慮ずみの要素であるということができるから、本件が右個別通達2―(7)を適用すべき場合に当たらないことは明らかである。
また、原告保夫は、昭和六一年二月に右大杉土地を宅地に転用許可を受けることを条件として第三者に三〇一七万六八〇〇円で売却し、右土地は右約束に従って宅地に転用された後、同土地上に建築許可を受けて三棟の住宅が建築されている(乙四の一、同五の一ないし六、同六の一ないし三、原告保夫の供述)が、このことからしても、大杉土地の被告の右評価は相当なものというべきである。
(裁判長裁判官 涌井紀夫 裁判官 市村陽典 裁判官 小林昭彦)
〔別表一〕
被告主張に係る課税価格の明細表
<省略>
〔別表二〕
親族の就労状況一覧表
<省略>
〔別表三〕
給与の支払状況一覧表
<省略>
〔別表四〕
孫の幼稚園在園状況一覧表
<省略>